自転車でめぐる旅、佐久島
2014/03/02

愛知県の三河湾にある佐久島。最近の島ブームで雑誌にも取り上げられるようになった島です。2000年に「弁天海港佐久島アートフェスティバル」が開催されたことから現代アートの島としてもしられています。現在も建造物(上記は「おひるねハウス」)が残されています。佐久島は、大正時代から昭和時代にかけて建てられた民家が多く、いまではあまり見る事ができない昔ながらの町並みがのこされています。

佐久島への行き方
佐久島に行くためには、まずは一色の港まで行く必要があります。一色までの行き方には2通りがあり、結構大変な思いをしました。
1)名古屋から名鉄本線→名鉄西尾線を乗継ぎ西尾駅からバスで一色へ
2)豊橋からJR東海道本線→名鉄蒲郡線を乗継ぎ吉良吉田からバスで一色へ
どちらでも行けるようなのですが、実際に2013年9月に訪れた際は、東京から出発し2)豊橋経由でいきました。しかし・・・苦労して訪れた吉良吉田駅からは殆どバスがなく、しばらく待った後、タクシーにTELという結果になりました。なので出来れば1)名古屋経由が良いかと思います。
佐久島の楽しみ方
島の移動手段は、基本的には徒歩か自転車になります。島自体にも然程高低差がないので楽に移動できます。海沿いを走っていると途中で海の上を通る小さな橋があり、そこから魚も見えます(エイを見たときは驚きました)。
自転車で海沿いを走ると、こんな素敵な灯台が。残念ながらのぼる事はできないですが、ちょっと見とれてしまう建物です。
佐久島で名物?なのがタコです。宿に宿泊したときには、こんなかわいらしいタコが。。。食べることがすこしはばかられますが、美味しくいただきました。

島内にあるカフェ「もんぺまるけ」料理も美味しく、店員の方もとてもフレンドリーでした。島内はおじいちゃんやおばあちゃんが多いなか、若い方が運営されていることが印象的で、丁度訪れた時はお祭りの日だったこともあり、老若男女が集まる場所になっていたことが印象的でした。

もんぺまるけの今日のランチ。このイベント用に用意されたランチのようです。
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僕はエンジニアになれないと知る/旅のマガジンを創った理由(1/3)
早いものでoutovを2013年8月30日に開設してから半年以上が経過しました。一日平均200UU程度(まもなく累計10,000UU)に到達しそうです。基本的には検索から入ってきていただく場合が多く、記事作成数に応じて順当にユーザー数も増えていっています。ソーシャルメディアについては先月から開設したFacebookページを通じて細々やっていきます。 今回はいつもとは視点を変えて、自分が「また旅をしたくなるマガジン」を創った理由についてお話したいなと思います。かなり長くなっていまいそうだなと思うので3回程度に分けて進めていきます。まずはじめに僕が目指したいビジョンから。 「みんなが好きなことに時間を使い、暮らしていけること」 まあ奇麗ごとなのかもしれませんが、僕はこれが一番理想なのかなと思っています。今僕がやっていることは「旅」という切り口で自分の好きな事に時間を使い、暮らしていけるための練習をしているような状況です。実際にまだまだ些細なadsense収益ですが、0から1円を、アルバイトや就職という形ではなく稼げたことをとても嬉しく思っています。 今はこのノウハウを色んな人に共有するようにしています。せっかく得られたものはどんどん外に出すことで、同じような仲間が増えてくれたら最高です。このあたりの話を始めるととても長くなってしまうので、今は割愛します。 Part.1は学生時代にウェブサービスを創ることを志ざし、学生発ウェブサービスをつくる大会「ブレイクスルーキャンプ」に参加した時の話です。outovを創るに至った最初の大きな起点だったと思います。 ブレイクスーキャンプでの落第生 およそ3年前、学生だった私はブレイクスルーキャンプと言われるMicrosoftやネット系企業が出資する学生発のウェブサービスを創る大会に参加していました。この大会は、2ヶ月間泊まり込みができるアパートやオフィスを提供され一つのサービスを開発するというものです。当時、文系学生だった私はディレクター兼コーダーとしてサービス企画からHTML構成の設計などを担当していました。名だたるネット系企業社員のメンター制度などとても充実した内容でしたし、日本中から集まった将来を担う起業家たちが集まっていて刺激的なものでした。 しかし実際に結果をあけてみると、その時に自分が創りたいサービスが創れなかったことが自分の中でとてもショックでした。こういう社会が創りたいとイメージにはあるものの、言葉に表せないもどかしさ、どんどん色んな意見を得るたびに変わっていくサービス設計、提供価値が自分の創りたいものではなくなっていく感じです。また具体的な機能として世の中に溢れているサービスと差がつきずらいことも歯痒く思っていました。 そんなことを考えるうちに、ブレイクスルーキャンプでは予選で敗退してしまいます。大会の優勝チームは、メディアに取り上げられ注目を浴びましたし、その後も続々と起業していきます。しかし、当時学生発のサービスとして注目されていたサービスが、数年後相次いで閉鎖していきます。大々的に取りはやされ、様々なメディア媒体に掲載されながらも閉鎖してしまうという構造に、(閉鎖理由は千差万別とは思うものの)どこか社会の仕組みとしておかしいのではないか?とその時は感覚的に感じていました。一方で未だくすぶっている自分の可能性は捨てきれず「自分だったらもっと社会をよくするサービスが創れるのに」と考えていました。 その後、私はエンジニアになることを志します。しかしエンジニアにはなれませんでした。(続く)
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松陰神社で牡蠣を食おう。開放的な飲み屋さんアリク
松陰神社に今月新しくオープンした牡蠣専門の飲み屋さん「アリク」に行ってきました。 最近、松陰神社駅周りに新しいお店が増えてきていて、若い人たちがどんどん入ってきているように思います(嬉しいです)。アリクは松陰神社駅から歩いてすぐ徒歩1分程度の場所にあり、「nostos books」の向かいにあります。築地で働いていた店主が牡蠣の流通ルートに詳しく、前職の伝手で牡蠣専門の居酒屋を開店しているそうです。およそ300円〜900円程度でとても新鮮な生牡蠣を食べることができます。店内はすべてカウンターで座るスペースは10席程度、立ちであれば5、6人は入れそうな大きさです。一人でふらっと訪れても居心地がよかったです。おすすめは「牡蠣三種盛り」その時々で種類は代わりますが、1000円でとても大きな牡蠣を食べることができます。店内は側面が全て引き戸などで開けることができるため、夏場にはとても気持ちがよさそうです。 アリクで食べられる牡蠣(一部) 「坂越」 兵庫県産の牡蠣。「坂越」は坂越湾で育てられた牡蠣で、特徴は熱を加えても縮みにくく甘みがあるとのこと。名水100選にも選ばれている千種川からなる坂越湾は、(広島や宮城産は出荷まで2年近くかかる牡蠣と比較)1年未満という短い期間で成長します。味はコクがあり、とてもありまろやかな口触りです。。 「桃こまち」 三重県産の牡蠣。鳥羽市の離島・答志島にある桃取地区で育てられ、桃取地区近くの海は潮の流れが速く、栄養素が豊富なため1年未満で育つ牡蠣になります。「桃こまち」は桃のようにみずみずしく、ぷりっとした甘みがありとても濃厚な口触りです。 「赤崎」 岩手県産の牡蠣。深いスプーンのような丸みのある形が特徴でサイズも大きいです。「赤崎」はシングルシートと呼ばれる帆立の貝殻に頼らず一粒一粒を分離して生育します。そうすることで品質管理や短期でとても大きな牡蠣になるそうです。口に含んでみると脂身がすくなくとてもすっきりとした味わいです。 営業時間 通常は夜10時まで営業しています。 *ただ11時〜12時くらいまで営業していることも多いようです。 住所 東京都世田谷区若林3丁目17−10
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SUDOのパンと松陰神社の休日
4月の気温差もだいぶ落ち着きとても心地よい季節になりました。最近ピクニック記事を書いたばかりですが、気温も暖かくなってきたので性懲りも無くピクニック記事を書きます。今回は松陰神社にあるBoulangerie Sudo(ブーランジェリースドウ)というパン屋さんからスタートします。 松陰神社前という街 実はちょうど今年2月に田町から松陰神社駅付近に引っ越しました。世田谷に住んでいないと「どこ?」と言われてしまうことが多いですが、最近ではガイドブックにも取り上げられたりにわかに話題になっています。松陰神社前駅という街は東急世田谷線沿線の駅で三軒茶屋から3駅の場所にあり、その名の通り近くには松陰神社という神社があります。近くには世田谷区役所や国士舘大学があります。引っ越してみて知ったのですが、松陰神社は吉田松陰や高杉晋作といった幕末浪士に所縁がある場所なのは驚きました。この街は昔からある商店街のお店と、若者が集まるような改装された居酒屋や飲食店が混ざっているまさに老若男女が行き来してる街だと思います。 Sudoという街のパン屋さん 今回は世田谷駅すぐにあるパン屋sudoでパンを買い松陰神社の前にある広場で週末ピクニック的なものをやってきます。sudoは(友人曰く)パン好きには結構有名のようです。パンの値段は若干高めで1つ200〜400円くらいします。土曜日に訪れた際もお店の中はとても人が多くて人気ぶりがレジにたどり着くまでにも時間がかかりました。待っているうちにも新しくパンが店頭に並ぶので、焼きたてには目がいってしまいます。ほんとにうまそうです。 松陰神社前ピクニック パンを手に入れた僕たちは、松陰神社へ向かいます。松陰神社の入り口付近にちょっとした芝生の広場があるのでベンチに座っていただきます。桜はすでにほとんど散ってしまいましたが、花見の時期はご近所さんもお花見をしています。ちょうど春先なので花が咲いていて家族連れが散歩していたりしていて和みました。そして、パン食べました。あえて何もあません。くそ美味かったです。結構ひとつひとつが具材がしっかり入っているので、2つくらいでお腹もいっぱいになります。やはりできたてが良いですね。松陰神社はまだまだ取り上げたいところが沢山あるので随時更新します。では。
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日本のピラミッド?巨大な地下神殿!大谷石採掘場跡
大谷石採石場跡地とは 大谷は栃木県宇都宮市の西部に位置する大谷町付近一帯で採掘される「大谷石」で知られら街です。大谷石は重量が軽く石質がやらかく加工が容易なことから、古くから家の石垣や階段などに利用されてきました。また旧帝国ホテルも大谷石をもとに設計されていることも有名です。一時期は数100もの企業が採掘に従事していたようですが。最近ではめっきり採掘を行う企業も減り町の産業としてはほそぼそとしているようです。今回栃木出身の友人が採掘を行う企業と知り合いということもあり、採掘場の地下空間がとても神秘的ということを聞きつけ案内してもらいました。 大谷の採掘場のアクセス 都内から宇都宮市大谷石採石場までは、東北自動車道で北上し鹿沼ICから一般道で向かいます。週末になると混み合う山梨や群馬とは違い比較的渋滞も少なく早ければ2時間〜3時間程度でつく事ができます。 大谷町に着くとところどころに突起した岩場が目につくようになり、岩場ごとに大きな四角い穴が空いている風景を見る事ができます。石質が柔らかいことから石仏を各所でみることができます。 大谷の見所 大谷の採掘場の見所としては、やっぱり神秘的な地下空間だと思います。現在も採掘は行われていますが、跡地は資料館として一般に公開されており誰でも入館料さえ払えば入ることができます。地上から徐々に地下に入るにつれ冷え冷えとしてきます。ちょうど12月だったので外気に比べても一段と寒い場所でした。最下層までおりると、エジプトのピラミッドの中のような空間が広がっていました。結構感動します。 まず入り口から階段を降りていくと、若干斜めに掘り下げられた空間が広がっています。一定間隔で大きな柱が残っており地盤沈下が起きないために等間隔で仕切られています。この地下空間は時代によって様々な活用がされており、嘗ては戦闘機の隠し場所として、現在はバンドのライブイベントなどにも利用されているとのことです。 採掘の歴史 江戸時代から採掘がはじまった当初はもちろん機械などはなく、すべて手掘りで進められました。こちら写真は手掘りと機械堀りが両方見られる場所です。※下のざらざらしたところが手掘りで、縦に深く入った線が機械によるもの 最近注目されているのはゼオライトといわれる成分です。大谷石を近くで見ていると石から綿毛のようなものが生えています。このゼオライトは最近では放射能を吸収する素材として注目され始めています。出入り口は石壁面を間近で見る事ができるのでゼオライトを確認してみてください。 大きな地図で見る
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若者が集まる街、松陰神社前と街グルメ
今年の2月から松陰神社前に暮らし始めました。最近新しいお店が出来たり、雑誌に取り上げられたりと注目されはじめている松陰神社駅前エリアのグルメについてご紹介したいと思います。随時情報は更新予定です。まずは第一弾。 松陰神社/SYOIN JINJYA 駅の地名にもなっている「松陰神社」。吉田松陰など幕末藩士にも関わりが深い神社になります。学問に関することや何かチャレンジをする時に僕は松陰神社を訪れてパワーをもらってます。開放されている時間も限られているためお越しの祭は注意が必要です。 [table id=22 /] 若林公園/WAKABAYASHI PARK 松陰神社手前にある若林公園。休日になると家族連れがピクニックをしたりととてものどかです。道沿いには花が植えられているため春先には満開になっています。松陰神社駅前でパンや総菜を買って、ここで食べる。最高です。 松波ラーメン/MATSUNAMI 松陰神社駅からすぐの世田谷線沿線にある「松波ラーメン」お昼時のグルメと言えばここです。お昼時は行列ができるほどの人気ぶりです。個人的なおすすめは担々麺。ピリッとした辛さがたまらんです。また後付けのスパイスがまた風味や味の変化を付いて美味しいです。毎回、担々麺を食べてます(笑)。とはいえお店の看板メニュー「支那そば」も是非。 [table id=18 /] 牡蠣居酒屋 アリク/ARIKU 2013年3月に松陰神社駅付近にオープンしたばかりのオイスターバー「マルショウ アルク」。元々築地に関わる仕事をしていたマスターが運営しています。牡蠣・岩牡蠣がまさか松陰神社で食べられるとは。また瓶ビールには「サッポロ赤星」というビール呑みにはたまらない組み合わせです。店内は取り外し可能な壁面のためとても開放的です。 【過去記事】合わせてどうぞ 松陰神社で牡蠣を食おう。開放的な飲み屋さんアリク [table id=20 /] BAR バッカス 50年近く地元若林でBARを経営するバッカス。東京オリンピックや世田谷、広くは東京の歴史まで幅広く話を聞くのが個人的には楽しいところです。店内はとても落ち着いた雰囲気。クラシックを聞きながらのんびり週末をすごすのには最適です。マスターが昔多摩川で取ってきたというバッカスのマスコット的なフナもお出迎えしてくれます。 【過去記事】合わせてどうぞ 50年分の歴史を聞く「TO THE BAR」カクテルのお店バッカス [table id=25 /] パン屋 スドウ/SUDO 松陰神社駅前の世田谷線沿線にあるパン屋「スドウ(sudo)」。松陰神社でパンを買うならここです。ここも休日になると店内が満員状態になるほどの人気。パン好きには有名なお店だとか。食パンも基本は予約が必要というこだわりぶりです。一つ一つがしっかりと味がついているので、大食いの自分も3つで大満足でした。 【過去記事】合わせてどうぞ SUDOのパンと松陰神社の休日 [table id=19 /] カフェ …
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三重県のアンテナショップ「三重テラス」
2013年9月26日に日本橋にオープンした三重県のアンテナショップ「三重テラス」三重テラスは、三重県の物産・食材や文化を広く知ってもらおうという東京の営業拠点的な立ち位置のようです。伊勢の地酒や四日市萬古焼きや伊賀焼のタイルなど「三重県のいいとこ」というコピーに沿った物品を買う事ができます。まあ出身者が言うのもあれですが、東京で三重県のモノや人と触れ合う機会って本当に少なかったと思います。だから日本橋という、文化の中心地でアンテナショップを立ち上げることに嬉しく思います。 三重県の御厨(みくりや) 三重テラスにはレストランが併設されています。伊勢神宮の神饌を調進する場所の名前である「御厨(みくりや)」をコンセプトとして三重県の旬な食材や風土ごとの食事を提供しているとのこと。食材は三重県産の米ブランド”夢ごこち”や伊勢エビ、松坂牛といった有名食材から楽しむことができます。季節によってメニューも変わる?ようです。ランチの価格帯は2000円〜6000円と日本橋価格ですが、お財布と相談しつつ是非訪れてもらいたいです。 三重テラスのレストラン情報 http://www.mieterrace.jp/restaurant/ レストランの予約番号 Tel: 03-5542-1030 三重県のモノに触れる 三重県といえば、あまり聞かないので意外ですが日本酒の酒造が多いです。三重県の伊勢神宮に奉納していたことからか、40以上もの酒造が現存しています。三重テラスでも代表的な酒造の銘柄は揃っているので是非飲んでもらいたいです。ちなみに平成24酒造年度全国新酒鑑評会成績による成績はこちらになります。 [table id=14 /] SAKE COMPETITION 2013では鈴鹿市の酒造銘柄「作」が純米吟醸・純米大吟醸部門で入選していましたね。三重県の日本酒についはこちらへどうぞ。 意外と知られていない?おすすめの三重県の日本酒銘柄<特集> お酒以外にも、四日市の万古焼きなど工芸品を買う事もできますし伊勢の名産「赤福」も販売されています。とはいえ販売されているのは三重県の中でもごく一部の品でしかないので今後の入荷に期待しています!*一般的には赤福が知られていますが、いちご大福も三重県発祥のお菓子ですし各地でお餅のお菓子は多いです。 今回買ってきたのが、式年遷宮奉納祝酒「黒松翁 神力」というお酒です。合名会社森本仙右衛門商店さんで生産されているお酒ですね。伊賀酒として藤堂高虎藩主の時から始まった日本酒らしい。幻の酒米「神力」を100%使用しているらしいですが、神力は兵庫県原産で今は熊本県で作られているようです。 肝心の味は、しっかりと味がついていて、甘みがあり丸みがある印象です。ちょっと色味がついていたので原酒なのでしょうか。何かと一緒に食べるというよりも、このお酒だけでそのまま飲んでみるのが良いかもしれません。 三重テラスでのイベント ・三重県のSNSや口コミでのPRで「三重県の援団」を募集しています。電子メールでの旬な情報がもらえることやトークイベントの参加、さらに三重の応援団名刺がもらえるとのことです。 [table id=16 /]
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訪日外国人に参考にしてほしいサイト
2013年は訪日外国人が1000万人を突破しました。ここ最近では英語など他言語対応した観光情報サイトも増えてきたように思います。今回は日本の魅力を伝えるサイトをいくつかご紹介します。海外から知人や友人が日本を訪れる際に参考にしてみてください。 100 Tokyo – Creative venues, products and people in Tokyo, Japan. 経済産業省が運営する「100Tokyo(ワンハンドレッド・トウキョウ)」。いま東京で面白いものを100個取り上げていくサイトです。デザイン、ファッション、アート、食、先端技術、建築、観光地、宿泊施設、イベント情報を日本語と英語で発信しています。 ユニークな現地ツアーを探せる旅行体験のフリーマーケットVoyagin 現地の人が企画した「普通の生活が垣間見れる」いままでにないユニークなツアーを提供しています。日本国内では東京と京都のツアーが提供されており、「芸者体験」「日本酒テイスティング」「書き初め体験」など日本人の僕でも結構参加してみたいツアーが企画されてます。 Japan Connected-free Wi-Fi 日本はほんとうにWi-fiに繋がらん国だと言われてますね。「Japan Connected-free Wi-Fi」今利用いただいているWi-Fiに加えて日本各地で提供しているWi-Fiに素早く、スマートに接続するためのアプリです。全て無料とのことですが、NTTの実力のほどはどうでしょうか。 Travel Volunteer Blog 2011年9月15日から100日をかけて日本一周47都道府県を周り、日本の今を発信するブログです。東日本大震災をきっかけに世界中の応募者の中から選ばれたトラベルボランティアが情報を発信しています。外国人目線の旅行ブログ。 japan-guide.com 日本の旅行情報や生活、文化情報を集めた情報サイトです。移住や税金等に関する事項から100均ショップ等の日常生活について説明されているので用途に応じて活用できます。 DeepJapan.org – Real Experience to Enrich Your Travel Deepjapan.orgは先輩旅行者おすすめの観光地や作法など様々な疑問を掲載したサイトです。 おまけです。外国人シェフが日本に訪れた際の動画をvimeoにアップロードしてます。
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BROOKLYNを歩く旅
つい最近ブルックリンへ行ってきました。一つ一つがとても丁寧に作られていて日本とはまた違った空間やモノがとても新しく興味深いものでした。訪れた場所で良かったところをご紹介します。これからブルックリン観光や散策に訪れてみようとお考えの方も是非。 「ブルックリンを散策する」と言っても、実際にお店を訪れようと思うとエリアごとに何箇所かに集まっているため事前に調べておくことが大切です。自分は、当日ふらっと訪れてみて主要スポットが離れていることで少し苦労しました。いわば「東京へ遊びにいく」といったような曖昧な表現に近いような気がします。ブルックリンを散策する場合に、主にウィリアムズバーグとダウンタウンブルックリンの距離が少し離れていることを知っておいて欲しいです。私は無謀にも歩いてしまったので出来れば地下鉄を利用しましょう。 ウィリアムズバーグを散策 ダウンタウンブルックリンを散策 ウィリアムズバーグを歩こう kings county distillery ブルックリンのウイスキー酒造メーカーのkings county distillery。ウィリアムズバーグのたった30平米の面積で製造販売をおこなっているウイスキーです。地産地消の原料に拘ったウイスーで、ボトルもとてもシンプルでかわいいです。 関連記事:ブルックリンのウイスキーSTARTUP【KINGS COUNTY DISTILLERY】 詳細: Web Site 営業時間:Open Monday-Friday, 9-5 住所:Kings County Distillery Brooklyn Navy Yard, Bldg 12163 Flushing Avenue, Box 379Brooklyn, NY 11205 写真:Yelp Inc.,Garrett Ziegler Pierogi Gallery ブルックリンのウィリアムズバーグにあるアートギャラリーです。NY市内を始め若手アーティストの作品の販売も行っており、手にとり作品を見つつ気に入るものがあれば購入することができます。 …
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大人の学び場、現在版の松下村塾「自由大学」
世田谷の三宿にある世田谷ものづくり学校では、平日夜や休日に大人が集まる大学「自由大学」があります。僕は昨年2つの講義に入学し卒業してきました。今思うと「自由大学」という学び場はとても興味深いなと改めて思っています。今回は自分が参加した2つの授業について具体的にお話したいと思います。自由大学のポイントを自分なりに解釈すると下記4つになります。 学びたい事は学術である必要はない。 何かを知りたいと思ったものは学ぶ価値がある。 授業は先生が開くのではなく、学びたいと思った人が創る。 いまやれることを、やってしまえば?という実学主義。 自由大学とは 自由大学は、旧廃校となった旧池尻中学校の校舎を再利用した「世田谷ものづくり学校」で行われている大学です。自由大学では一般的な4年生大学で学ぶような経済学や経営学といった学術的で講義のような形式ではなく、「おうちパーティー学」「新盆栽学」「クリエイティブ都市学」などといった、一見「えっ?」何を学ぶのかと思ってしまうものの、おもしろそう!学んでみたいと思える授業が多いのが特徴です。下記にある通り、学びたいとおもったことが学問になるので、いま開催されている授業はその基盤をもとに成り立っています。 大学とはそもそも、校舎も黒板もないところで、学びたい人が集い、自ら探してきた教授に問い、学ぶことから始まったと言われています。上からの押し付けではなく、自ら求める姿勢こそが、本来の学びの原点。だから私たち自由大学は誰が偉いのでもなく、フラット。知る楽しさと考える面白さを生活の中にもってこようと、多様な学びをキュレーションしています。 平日夜か土日に主に開催されていることからも、日中働いている方々が仕事終わりに参加できることも”大人の大学”といわれる所以でしょうか。実際、僕自信が参加してみて25才〜60才くらいまで同期といった感じです。自由大学は講義といった授業はほとんどありません。ワーク形式や討論形式になっているものも多いのが特徴です。そもそも答えがないものに対して皆で考えるといった趣旨も強いのではなかなと個人的には思っています。 ここが面白い 自由大学に参加してみて面白いなと思ったことは、まず先生や教授はいません。いるのは学びたいと思ったキュレーターと言われる人たちです。自由大学では授業を開催するために月に一度開催されるプレゼンを行います。そのプレゼンで採用された場合に授業が開催されます。キュレーターは自分が学びたいことに対して、講義をしてくれる言わば先生となる人を探し、一緒に授業を創ります。その後参加者の募集へ移るのですが、参加者が一定以上集まらないと授業は開催されません。つまりクラウドファウンディング型の授業になります。キュレーターは今現在の課題や学びに対して、課題の切り口を提示し場を取り持つ人になります。僕自身はそのキュレーターに松下村塾の吉田松陰的な可能性を見いだします。今ある課題に対して色んなバックボーンを持って、共通の関心事を皆で考える。そんな授業に4年生大学にはない面白さを感じました。 これまで自分が参加した授業について取り上げてご紹介したいと思います。 ニューメディアラボ ニューメディアラボは、既存のメディアに属しながもこれからのメディアの新しい可能性を求めている人たちが中心になって立ち上げられました。この講義では、これからの新しい時代のメディアをどのようにつくっていくことができるのか、参加者の皆さんと一緒に考えていきます。ラボという名前のとおり、各界からのゲストを招きつつ、既存のメディアが持つ影響力や特性についての研究を重ねます。 ここでは ラジオディレクター高橋宏文さん、IDEEや自由大学を創った黒崎輝男さんや、エココロをつくった中村真さん、オトナの!のプロデューサー角田陽一郎さんがキュレーターとして場を取り持ち、これからのメディアについて参加者と作っていくというものです。SNSの普及からマスメディア利用の減退。また文化としてのグレイトフルデッドがいかに人を集め、そのファンの間の中でどのようなコミュニケーションが生まれていたのかの事例などをもとに考えを深めていきます。最終的には自由大学という箱の中で実際にメディアを創るというプロジェクトへ進んでいきます。 そもそもメディアって何?っていう話かと思うのですが、自分の中では何かと何かを介在する何か。(意味不明っすよね)というものだと考えました。(あくまでこの授業の中での自分の関心事として)最初の何かは「街」で次の何かは「人」なわけで、じゃあ、今過疎とか若者がいない地域では、そもそもメディアの価値ってそこにあるのでは?と思い、自分はその課題についてメディアに価値を見いだしたいと思いはじめます。その時の自分は、香川県によく旅行にいっていて、何気ない街なのに、そこの風土や人との関わりの中で駆り立てられる気持ちって何なんだろう?というのを研究のテーマにしていました。ニューメディアラボでは各々が共通の議題に対してメディアのあり方について考えを深めていきます。一緒にプロジェクトをしていたメンバーは今は法人化しているため、今はプロジェクトには参加していませんが、本当に今の自分があるキッカケだったように思います。 ニューメディアラボ DIY実験室 DIY実験室は、結婚式キャンプやhey-meoto、熊本の町家をリノベーションをしていたり、いわば個人がメディアのような方々です。この授業は簡単にいうと、「いますぐやってしまおうよ」ということだと自分の中で思っています。 この講義では、自分の仕事やプロジェクトを「等身大のできる範囲で」小さく始めて大きく広めていくための最善の方法を実践します。自分プロジェクト、マイプロジェクト、小さな仕事、2足のわらじ活動、いろいろありますが、自分が本当に伝えたいことは、情熱は最大限かつ使うお金は最小限に、自らの手で広める時代。自由な考え方と具体的な策を持って、知恵とスキルが身につく脱外注・DIY(Do It Yourself)生活をはじめましょう。今回は、自分のできる範囲でウェブを作り、写真も撮り、仲間も巻き込む、そんな小さなスタートを切る2日間の集中講義です。 そんなこんなでニューメディアラボも卒業した自分は、街と人を介在するメディアの続きを考え始めます。このDIY実験室は2日間で個人メディアの作り方や写真の取り方を学びメディア作ってしまおうよ!というものです。これまでプログラミングだのウェブサービスだと自分一人では出来ない事に対して、ものすごい労力を費やしていた自分にとっては衝撃でした。Tumblrを使って一日でメディアを作ってしまえば良いという考えは、自分が固定概念をひっくり返すものでした。DIY実験室では、最終的に参加者が各々のメディアを開設するとこで講義は終了します。 自分は「街」と「人」のあり方について考えていたのもあり、テーマは決まっていました。 実はこのサイトを創る前に「田町地下」という、以前住んでいた田町の魅力について取り上げるサイトを運営していました(今は閉鎖しています)。「田町地下」は「街」と「人」を繋ぐメディアでありたいという想いでつくりました。高松市で知った、街はTHE観光要素がなくとも人が創ったコミュニティによって皆が訪れる楽しみがあるということです。現に高松市内で楽しんでいたのは、観光要素だけではなく、居酒屋での店長さんや地元の人との出会いでしたし、それって観光地でなくともできるんじゃない?ということです。後々知ったのですが田町地下を運営している中で、地元の人が地元の魅力を伝える旅行のことを「着地型観光」というそうです。僕は今でも着地型観光には可能性を感じていて、過疎だと言われている地域でも、人が集まる魅力を見いだせると思っています。 DIY実験室 さいごに 自由大学では、誰に教えてもらっていいのか分からないけど、確かに知りたい人がいるといった授業が多いように思います。冒頭でも上げましたが個人的には松下村塾に似ていると閑雅ています。いわば実学主義で明日でも自分で取り組めることばかりです。ただそのキッカケを一人でやるのではなく、キュレーターや先生と共に深めていける場があります。恥ずかしながら大学時代に優秀とは言えない自分が自主的にも参加して、しっかりとした学びの実感がある大学にとても感謝をしていますし、この先も自分の中での課題に直面した時に戻ってくる場所になるだろうなと思います。是非、興味のあることにはどんどん学びの場に参加してもらえたら幸いです。僕の出来る事であれば、お手伝いしますので。ではでは。
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田町(東京)の暮らしについて振り返る
2012年から約2年間、田町で暮らし、2014年田町を出ました。田町という街は意外とイメージしずらく「何があるの?」「なんで住んだの?ww」と言われたりしますが、住んでいたからこそ分かる魅力について振り返ってみようと思います。 田町という街について 田町という街は、いわゆるオフィス街の一面として家電メーカーや大手企業も多く、嘗ては博報堂の本社ビルもあった街です。 山手線の沿線として羽田や品川までのアクセスがよいことも特徴の一つだと思います。東京タワーを間近で見ることができ、レインボーブリッジまでの歩いていける待ちです。かつて栄えたジュリアナ東京があった街、慶応大学がある街として文化としての一面も担っています。そんな街に、元々縁もゆかりもない自分が2年間住んで感じたことや知った田町の魅力について、淡々と書いていく回にしたいと考えています。 田町になぜ住んだのか 僕が田町に住むことを選んだ理由に特に深い理由というものはなく、”そこにしか選択肢がなかった”というのが正確かもしれないです。当時は大学の友人とルームシェアを行うことを目的に物件を探していましたが、ルームシェア可能で条件にあう物件が少なく探すこと自体が一苦労でした。ちょうど同じ時期にルームシェアをする友人が田町の物件と聞きつけ、同じ条件で探したところとても良い条件だったので即内見・契約したという流れです。 後に知ったのですが某企業が手放された社宅で、急遽入居者を入れるために好条件だったという背景があったので、今同じ条件はおそらくないだろうなというラッキー物件でした。 田町の生活はどうだったのか 振り返ってみると田町はイメージしていたよりも、とても良い環境だったと思います。 土日がとにかく静か、港区という立地 山手線の沿線という立地 かつて栄えた繁華街の文化と大学の街 居酒屋での出会い 土日がとにかく静か、港区という立地 平日こそオフィスや学生街のため人は多いですが、休日になるととても落ち着いています。家族連れも多いためキッズたちが走り回っていて和みます。港区スポーツセンターが駅前にあり数百円という破格の値段(都民の日は無料)を利用して体育館でバスケットや、プールで水泳で遊ぶこともできジムに通う必要もありません。 山手線の沿線という立地 また、山手線沿線のため基本的には朝は座って出勤。土日は有楽町まで買い物も10分圏内。都営三田線や浅草線で東京を縦に横断できた。新幹線に乗るために品川まで5分、羽田までは20分とアクセスで特に移動には苦労しなかったのはとても大きかったです。 かつて栄えた繁華街の文化と大学の街 また田町という街は今は面影も残っていないが、かつての「ジュリアナ東京」があった場所でもあり、バブル期の文化の象徴でもあったというのが個人的には感慨深かった。東京タワーの夜景を間近で見ることが出来きましたし、ランニングでお台場までレインボーブリッジも渡ったり、慶応大学が近く地域に根付いた「三田の家」や「芝の家」といったコミュニティスペース「SHIBAURA HOUSE」ではNPOグリーンズ主催で「green drinks tokyo」といったイベントも開催されていて偶に参加していたことも、”この街だから”こそだったように思います。 居酒屋での出会い 中でも個人的に良い思い出になっていることが、慶応商店街の中にある「地中海」という飲み屋でTさんという店員(後に店長)と知り合ったことかもしれません。この出会いが田町の生活を楽しくしてくれました。最初はルームメイト3人でたまたま訪れた際に対応してくれたのがそのTさんでした。実際に行動まで落とすことができず今でも悔やまれるが、「この街をどう盛り上げるのか」「このお店をどうしていくのか」を話すことがとても楽しく仕事帰りにしばしば立ち寄りました。(のちにTさんは札幌に家業を次ぐために帰ってしまったのだけれど、その理想はまだ捨てたわけではないです。) 2年間住んだ俺が選ぶ!田町・三田のおすすめ居酒屋10選 さいごに 今まで書いてきた内容とは体裁も主旨も異質な内容になってしまったけれど、各所の詳細については日を置いて書いていこうと思います。とにかく田町という街は今後どんどん変わっていくんだと思います。東京オリンピックの開催が決定し田町は再開発地区として芝浦エリアの改修や新駅計画。駅前のツインタワー建設と数年も立てば、風景はガラッと変わってしまうんだろうなって。悲しくもあり楽しくもあり、変わらないで欲しいことも沢山あります。「住めば都」ということばが身にしみます。よく友人に「なんで田町?w」って言われたな~と、けどほんとにいい街だ!この街を離れることになるけど、東京にいる限りは偶に訪れたい。興味を持った人がいれば案内しますんで。では! 大きな地図で見る
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