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東京GOOD BY 「東京サヨナラマガジン」構想の妄想

      2015/03/01

サイトの立ち上げ

今年1年の訪日外国旅行者数が1200万人に達すると言われています。自分の住んでいる国に多くの人が魅力を感じて訪れてくれることに本当に嬉しく思います。自分が旅行をする度に、とても現地の人に良くしてもらっていると感じているからこそ、自分も同じように振る舞いたいと思っています。今年に入ってから訪日観光客向けのWebサービスも多く立ち上がっていますし、まだまだ観光客にフレンドリーとはいえないインフラや情報を支援するサービスが盛り上がってくるんだろうなと思います。ただ「来る人」ばかりに視点が偏っているのではないか?と思うことがあります。東京は本当に面白い街です。多くの人が集まる弊害ももちろんありますが、人が集まるなりの理由があって、人が集まったからできた文化が興味深い。だから深く知ればしるほどヤミツキになります。そう自分が思う東京も「離れる人」がいます。理由は様々で海外に留学する人、海外に旅に出る人、出張に行く人、いや海外だけとは限りません。地方で就職するUターン、転勤、結婚…もちろん東京が嫌いという人も知ってます。そんな人からみた「東京」ってどんな街だったんだろう?また数年後経った時、東京を離れた人から見た東京ってどんな街なんだろう?ととても興味があります。いろんな想いが集まる街だからこそ、面白いんじゃないか。そうした走りから「東京サヨナラマガジン sayonara.tokyo」構想を考えています。まだまだ構想段階なんですが、長い目で進められたらいいなと思っています。もしかすると自分がこのメディアに出る日もくるかもしれないですね。では。一緒にやってくれる人も大歓迎です。適当にご連絡ください。

訪日外客数の動向 日本政府観光局(JNTO)
http://www.jnto.go.jp/jpn/reference/tourism_data/visitor_trends/

東京サヨナラマガジン saraba.tokyo(準備中)

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  関連記事

田町(東京)の暮らしについて振り返る

2012年から約2年間、田町で暮らし、2014年田町を出ました。田町という街は意外とイメージしずらく「何があるの?」「なんで住んだの?ww」と言われたりしますが、住んでいたからこそ分かる魅力について振り返ってみようと思います。 田町という街について 田町という街は、いわゆるオフィス街の一面として家電メーカーや大手企業も多く、嘗ては博報堂の本社ビルもあった街です。 山手線の沿線として羽田や品川までのアクセスがよいことも特徴の一つだと思います。東京タワーを間近で見ることができ、レインボーブリッジまでの歩いていける待ちです。かつて栄えたジュリアナ東京があった街、慶応大学がある街として文化としての一面も担っています。そんな街に、元々縁もゆかりもない自分が2年間住んで感じたことや知った田町の魅力について、淡々と書いていく回にしたいと考えています。 田町になぜ住んだのか 僕が田町に住むことを選んだ理由に特に深い理由というものはなく、”そこにしか選択肢がなかった”というのが正確かもしれないです。当時は大学の友人とルームシェアを行うことを目的に物件を探していましたが、ルームシェア可能で条件にあう物件が少なく探すこと自体が一苦労でした。ちょうど同じ時期にルームシェアをする友人が田町の物件と聞きつけ、同じ条件で探したところとても良い条件だったので即内見・契約したという流れです。 後に知ったのですが某企業が手放された社宅で、急遽入居者を入れるために好条件だったという背景があったので、今同じ条件はおそらくないだろうなというラッキー物件でした。 田町の生活はどうだったのか 振り返ってみると田町はイメージしていたよりも、とても良い環境だったと思います。 土日がとにかく静か、港区という立地 山手線の沿線という立地 かつて栄えた繁華街の文化と大学の街 居酒屋での出会い 土日がとにかく静か、港区という立地 平日こそオフィスや学生街のため人は多いですが、休日になるととても落ち着いています。家族連れも多いためキッズたちが走り回っていて和みます。港区スポーツセンターが駅前にあり数百円という破格の値段(都民の日は無料)を利用して体育館でバスケットや、プールで水泳で遊ぶこともできジムに通う必要もありません。 山手線の沿線という立地 また、山手線沿線のため基本的には朝は座って出勤。土日は有楽町まで買い物も10分圏内。都営三田線や浅草線で東京を縦に横断できた。新幹線に乗るために品川まで5分、羽田までは20分とアクセスで特に移動には苦労しなかったのはとても大きかったです。 かつて栄えた繁華街の文化と大学の街 また田町という街は今は面影も残っていないが、かつての「ジュリアナ東京」があった場所でもあり、バブル期の文化の象徴でもあったというのが個人的には感慨深かった。東京タワーの夜景を間近で見ることが出来きましたし、ランニングでお台場までレインボーブリッジも渡ったり、慶応大学が近く地域に根付いた「三田の家」や「芝の家」といったコミュニティスペース「SHIBAURA HOUSE」ではNPOグリーンズ主催で「green drinks tokyo」といったイベントも開催されていて偶に参加していたことも、”この街だから”こそだったように思います。 居酒屋での出会い 中でも個人的に良い思い出になっていることが、慶応商店街の中にある「地中海」という飲み屋でTさんという店員(後に店長)と知り合ったことかもしれません。この出会いが田町の生活を楽しくしてくれました。最初はルームメイト3人でたまたま訪れた際に対応してくれたのがそのTさんでした。実際に行動まで落とすことができず今でも悔やまれるが、「この街をどう盛り上げるのか」「このお店をどうしていくのか」を話すことがとても楽しく仕事帰りにしばしば立ち寄りました。(のちにTさんは札幌に家業を次ぐために帰ってしまったのだけれど、その理想はまだ捨てたわけではないです。) 2年間住んだ俺が選ぶ!田町・三田のおすすめ居酒屋10選 さいごに 今まで書いてきた内容とは体裁も主旨も異質な内容になってしまったけれど、各所の詳細については日を置いて書いていこうと思います。とにかく田町という街は今後どんどん変わっていくんだと思います。東京オリンピックの開催が決定し田町は再開発地区として芝浦エリアの改修や新駅計画。駅前のツインタワー建設と数年も立てば、風景はガラッと変わってしまうんだろうなって。悲しくもあり楽しくもあり、変わらないで欲しいことも沢山あります。「住めば都」ということばが身にしみます。よく友人に「なんで田町?w」って言われたな~と、けどほんとにいい街だ!この街を離れることになるけど、東京にいる限りは偶に訪れたい。興味を持った人がいれば案内しますんで。では! 大きな地図で見る

くそゆる温泉宴会フェス!音泉温楽<長野県渋温泉>

今年も早いものでクリスマスが過ぎたらもう年末です。 毎年12月になると温泉を思い出すわけなんですが、今年も行ってきました音泉温楽@渋温泉。今年の音泉温楽について早速振り返ってみようと思います。

僕はエンジニアになれないと知る/旅のマガジンを創った理由(1/3)

早いものでoutovを2013年8月30日に開設してから半年以上が経過しました。一日平均200UU程度(まもなく累計10,000UU)に到達しそうです。基本的には検索から入ってきていただく場合が多く、記事作成数に応じて順当にユーザー数も増えていっています。ソーシャルメディアについては先月から開設したFacebookページを通じて細々やっていきます。 今回はいつもとは視点を変えて、自分が「また旅をしたくなるマガジン」を創った理由についてお話したいなと思います。かなり長くなっていまいそうだなと思うので3回程度に分けて進めていきます。まずはじめに僕が目指したいビジョンから。 「みんなが好きなことに時間を使い、暮らしていけること」 まあ奇麗ごとなのかもしれませんが、僕はこれが一番理想なのかなと思っています。今僕がやっていることは「旅」という切り口で自分の好きな事に時間を使い、暮らしていけるための練習をしているような状況です。実際にまだまだ些細なadsense収益ですが、0から1円を、アルバイトや就職という形ではなく稼げたことをとても嬉しく思っています。 今はこのノウハウを色んな人に共有するようにしています。せっかく得られたものはどんどん外に出すことで、同じような仲間が増えてくれたら最高です。このあたりの話を始めるととても長くなってしまうので、今は割愛します。 Part.1は学生時代にウェブサービスを創ることを志ざし、学生発ウェブサービスをつくる大会「ブレイクスルーキャンプ」に参加した時の話です。outovを創るに至った最初の大きな起点だったと思います。 ブレイクスーキャンプでの落第生 およそ3年前、学生だった私はブレイクスルーキャンプと言われるMicrosoftやネット系企業が出資する学生発のウェブサービスを創る大会に参加していました。この大会は、2ヶ月間泊まり込みができるアパートやオフィスを提供され一つのサービスを開発するというものです。当時、文系学生だった私はディレクター兼コーダーとしてサービス企画からHTML構成の設計などを担当していました。名だたるネット系企業社員のメンター制度などとても充実した内容でしたし、日本中から集まった将来を担う起業家たちが集まっていて刺激的なものでした。 しかし実際に結果をあけてみると、その時に自分が創りたいサービスが創れなかったことが自分の中でとてもショックでした。こういう社会が創りたいとイメージにはあるものの、言葉に表せないもどかしさ、どんどん色んな意見を得るたびに変わっていくサービス設計、提供価値が自分の創りたいものではなくなっていく感じです。また具体的な機能として世の中に溢れているサービスと差がつきずらいことも歯痒く思っていました。 そんなことを考えるうちに、ブレイクスルーキャンプでは予選で敗退してしまいます。大会の優勝チームは、メディアに取り上げられ注目を浴びましたし、その後も続々と起業していきます。しかし、当時学生発のサービスとして注目されていたサービスが、数年後相次いで閉鎖していきます。大々的に取りはやされ、様々なメディア媒体に掲載されながらも閉鎖してしまうという構造に、(閉鎖理由は千差万別とは思うものの)どこか社会の仕組みとしておかしいのではないか?とその時は感覚的に感じていました。一方で未だくすぶっている自分の可能性は捨てきれず「自分だったらもっと社会をよくするサービスが創れるのに」と考えていました。 その後、私はエンジニアになることを志します。しかしエンジニアにはなれませんでした。(続く)

大人の夏休み自由研究「青森ねぶたまつり」

この夏、青森ねぶた祭りに行ってきました。東北三大祭りと称されるだけあり、お祭り自体の盛り上がりから象徴的な灯籠まで圧巻のお祭りでした。そもそも、一般的な「ねぶた祭り」という名称も地域ごとのお祭に違いがあり、弘前では「弘前ねぷた祭り」五所川原では「五所川原立佞武多」と灯籠の形も違うため、出来れば一週間程度をかけて幾つか見て回ってみるのがよいかと思います。今回は青森ねぶた祭りについて学んでいきたいと思います。 青森ねぶた祭り 青森県青森市で毎年8月2日~8月7日に開催されるお祭りです。東北三大祭りにも称され年間300万人以上が訪れるお祭りでもあり、国の重要無形民族文化財に指定されています。青森ねぶた祭りは、歴史上の人物や伝説、歌舞伎の人物を模した大型の灯籠を担いで町中を練り歩くお祭りです。起源として諸説あり、のちに征夷大将軍となる坂上田村麻呂が陸奥国の敵をおびき寄せるために大燈籠・笛・太鼓ではやし立てたことを由来とするものや、日本全国にある土着の七夕祭りや眠り流しの行事が変化したものと考えています。浅虫に訪れた際に、地元のおじいさんから聞いた話では、以前は今の灯籠を進行するようなお祭ではなかったということなので、時代に合わせて適合できているお祭りなんだと思います。 青森ねぶた祭りに参加する 青森ねぶた祭りの特徴として、跳人(はねと)と言われる観光客もねぶた祭りの灯籠を運ぶ流れに乗って踊り子として参加することができます。特に跳人(はねと)に関しては正式な装束をまとってさえいればどの団体のねぶたに参加しても自由であり、観光客でも参加することができます。 参加方法は、県内のスーパーやデパートなどで、花笠を除いて一式5000円程度で販売されている他、ねぶたの運行ルート上には衣装のレンタルを行っている所もあります。町中を歩いていると呉服屋さんや露店のカラオケ店などでも貸出をしていました。衣装はカラフルな帯だったので、好みのハネトを着こなしたい場合は、買ってみるのも良いかと思います。夕方ごとになると、青森市内でハネトをちらほら見かけるようになります。参加の方法については、各団体ごとに跳ね方も違い、元気が良いとろこと比較的落ち着いているところまで、自分の好みに合わせて参加しましょう。 穢れを流す「ねぶた」 引用:長女Yのつれづれ記「ねぶた祭りの歴史 <美の壺より>」 青森ねぶた祭は、七夕祭りの灯籠流しの変形したものなど諸説あり起源は定かではありませんが、奈良時代に中国から渡来した「七夕祭」と、古来から津軽にあった習俗と精霊送りなどの文化が灯籠となり、それが変化して今の形式になったものが有力なんでしょうか。初期のころのねぶたの形態は「七夕祭」と言われ、そこに登場する練り物の中心が「ねぶた」と呼ばれる「灯籠」であり、七夕祭は7月7日の夜に穢れ(けがれ)を川や海に流す、禊(みぞぎ)の行事として灯籠を流して無病息災を祈りました。これが「ねぶた流し」と呼ばれ、「ねぶた(ねぷた・ねふた)」という名称は、東北地方を始め、信越地方「ネンブリ流し」など「ねむりながし」の眠りが「ねぶた」に転訛したものと考えられています。 弘前ねぷたまつり 青森県弘前市で8月1日~8月7日開催される弘前四大まつりのひとつです。青森ねぶたとの違いは灯籠の多くが扇型をしています。「ヤーヤドー」の掛け声とともに、武者絵が描かれた山車を引いて市内を練り歩くお祭りです。表面の鏡絵や人形の部分には中国物として三国志、水滸伝や和物として源平盛衰記、津軽為信などが描かれています、裏面中央の見送り絵には唐美人や西王母、楽女のような女性、左右には袖絵が描かれています。基本的には地元の方や団体が参加をしていますが、時折欧米の方が太鼓を叩いていたりするのが印象的でした。 喧嘩としての「ねぷた」 引用:青森県立郷土館ニュース 喧嘩するねぷた ねぶた 第5回「明治・大正・昭和(2)」 弘前ねぷたは昭和9年になるまで約200年前間毎年のように喧嘩が発生していたとのこと(えっ)。ねぷた運行の際に正面で出くわしたねぷた同士がお互い道を譲れと小競り合いが始まったことから由来するようですが、明治の頃には町道場間の抗争にまで発展しています。今日では軍神や中国の伝説、武将の退治や戦といった題材が多いようですが江戸時代の後期までは、恵比寿や米俵、千両箱といった縁起物が題材にされていました。 それが江戸末期から明治の頃から喧嘩ねぷたによって全国的な武者絵の流行を背に、勇壮な題材が多く作られるようになり今にいたるとのこと(なんと)。 ねぷた期間後半か最終日旧暦七月七日ナヌカビの深夜から未明にかけて発生している。喧嘩には軽量で機動性が高い小型の扇灯籠が多用され、生首の絵が好まれたという。近代初頭のねぷたは合同運行が無く、市中を自由運行していたため、路上で他組に遭遇した際、互いの進路を巡る口論が始まる。   正直、はじめて青森でお祭りに参加してみて感動しました。すごい羨ましい文化です。海外からも多くの人が観光に来ていましたし、跳人として跳ねている姿が印象的でした。浅虫で話したおじいさんから昔のねぶた祭りの歴史から興味を持ちこのような形でまとめることになったのですが、色々と調べる中で、お祭りを続けていくことの難しさを知りましたし、自分の地元でも”祭り”が維持できず、行事がなくなっていることも考えると、運営されている方々に敬意を払いたいです。この時期は各地域からの旅人も多く、色んな人にも出会える場だと思います。来年青森で会いましょう。 参考:弘前ねぷたまつり参加団体 参考:青森ねぶた祭オフィシャルサイト

日本のピラミッド?巨大な地下神殿!大谷石採掘場跡

大谷石採石場跡地とは 大谷は栃木県宇都宮市の西部に位置する大谷町付近一帯で採掘される「大谷石」で知られら街です。大谷石は重量が軽く石質がやらかく加工が容易なことから、古くから家の石垣や階段などに利用されてきました。また旧帝国ホテルも大谷石をもとに設計されていることも有名です。一時期は数100もの企業が採掘に従事していたようですが。最近ではめっきり採掘を行う企業も減り町の産業としてはほそぼそとしているようです。今回栃木出身の友人が採掘を行う企業と知り合いということもあり、採掘場の地下空間がとても神秘的ということを聞きつけ案内してもらいました。 大谷の採掘場のアクセス 都内から宇都宮市大谷石採石場までは、東北自動車道で北上し鹿沼ICから一般道で向かいます。週末になると混み合う山梨や群馬とは違い比較的渋滞も少なく早ければ2時間〜3時間程度でつく事ができます。 大谷町に着くとところどころに突起した岩場が目につくようになり、岩場ごとに大きな四角い穴が空いている風景を見る事ができます。石質が柔らかいことから石仏を各所でみることができます。 大谷の見所 大谷の採掘場の見所としては、やっぱり神秘的な地下空間だと思います。現在も採掘は行われていますが、跡地は資料館として一般に公開されており誰でも入館料さえ払えば入ることができます。地上から徐々に地下に入るにつれ冷え冷えとしてきます。ちょうど12月だったので外気に比べても一段と寒い場所でした。最下層までおりると、エジプトのピラミッドの中のような空間が広がっていました。結構感動します。 まず入り口から階段を降りていくと、若干斜めに掘り下げられた空間が広がっています。一定間隔で大きな柱が残っており地盤沈下が起きないために等間隔で仕切られています。この地下空間は時代によって様々な活用がされており、嘗ては戦闘機の隠し場所として、現在はバンドのライブイベントなどにも利用されているとのことです。 採掘の歴史 江戸時代から採掘がはじまった当初はもちろん機械などはなく、すべて手掘りで進められました。こちら写真は手掘りと機械堀りが両方見られる場所です。※下のざらざらしたところが手掘りで、縦に深く入った線が機械によるもの 最近注目されているのはゼオライトといわれる成分です。大谷石を近くで見ていると石から綿毛のようなものが生えています。このゼオライトは最近では放射能を吸収する素材として注目され始めています。出入り口は石壁面を間近で見る事ができるのでゼオライトを確認してみてください。 大きな地図で見る

2年間住んだ俺が選ぶ!田町のおすすめ居酒屋<10選>

田町はビジネス街ということもあり居酒屋が多いことも特徴です。最近では慶応仲通り商店会にもバルなどオシャレな居酒屋が増えてきました。芝浦側には隠れた場所にある居酒屋も多いのですが、口コミサイトを見てみるとチェーン店が多く他の街とあまり代わり映えしません。せっかく良い居酒屋があるのに!と思うことも多いです。2年に渡り芝浦で生活した経験をもとに田町で好きだった居酒屋を選びました。 <題目> 昭和感漂う立ち飲み・赤提灯系なら バルでワインを飲むなら 本格的なバーなら 美味しい魚介・飲み放題なら 芝浦運河を前に飲むなら 雰囲気ある木造建築で飲むなら 変わった居酒屋で飲むなら 昭和感漂う立ち飲み・赤提灯系なら ふうりん 三田図書館の前にひっそりと赤提灯がでている居酒屋「ふうりん」さん。よく友人と利用していました。間違いなく個人的には田町・三田エリアで最も落ち着く居酒屋です。店内はTHE昭和の居酒屋といった雰囲気があります。ふうりんの名物は「天ぷら」とにかくデカイ!友人数人でも十分お腹がいっぱいになります。 [table id=1 /]   やまとや 田町駅を三田側に下りた先にあるのが「やまとや」いつもサラリーマンで賑わっています。食事ごとに先会計なのでご注意を。味は築地直送の魚介から焼き物・煮物が美味しいです。「ホイス」が名物です。 [table id=2 /] 駒八(本店) 田町で居酒屋を30年開業している老舗の居酒屋「駒八(本店)」。THE昔ながらの居酒屋といった雰囲気でとても落ち着きます。大人数用の座敷もあるので、団体での利用もオススメです。 [table id=4 /] バルでワインを飲むなら ワインとタパス 地中海 最近は田町の商店街でバルが増えましたが、この地中海が先駆けと言われています。店内は2階建てですが内装で3階があります。古くからある木造建築を改装しているため雰囲気はとても良いです。田町駅界隈で複数店舗を運営しているので店員さんと仲良くなれば色々紹介してもらえるかも? [table id=3 /]   フレンチーナ とってもリーズナブルな値段でフランス料理とワインを飲むことができます。駅前にあるのでよ仕事帰りの方がよくいらっしゃいます。※ただ残念ながら1月31日(金)をもって閉店だそうです。 [table id=9 /] 本格的なバーなら …

【BLOG】ミニシアター文化に触れて

ご無沙汰してます。秋晴れが清々しくキャンプ日和ですね。今年も残り1ヶ月と、振り返ると今年も色んなところに出かけたなと。ここ最近は少し疲れたというか、あまり遠出する力がなくもっぱら近くでプラプラしていることも多くなりました。暇してんだな〜と同情してくださる方は是非引っぱりだして欲しいところです。ただ遠出しなくなった間にミニシアターに通って映画を見る事にドハマりしてます。今日はそのことについて書いてみたいと思います。 映画なに見たらいいの… そもそも自分は映画ってあまり見る方ではなく、たまにデートとかで見に行ったりはしていたくらいで見た映画の数も少ない方です。知識もほとんどないので、誰しも一度は経験したことがあるのではないかと思いますが、 [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”woman01.png” name=”サブカルA子”]この◯◯映画面白いよね![/speech_bubble] [speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”woman02.png” name=”サブカルB子”]わかるわ〜!あれがうんたらよね〜[/speech_bubble] [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”my.png” name=”おれ”]・・・[/speech_bubble] みたいな会話にもついていけず、ポツンと隅っこに追いやられているタイプです。ただ旅行に行かなくなってから、どうもインプットが少なくなったというか、創造意欲が出てこない日が続いてしまっていてるので、そういう時は人に会うとか本を読むなど、新しい情報を欲している時なんだろうなと。そうこうして近くのTSUTAYAで映画を借りる生活がしばらく続いていたんですが [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”my.png” name=”おれ”]これは見とけな映画ないっすかね[/speech_bubble] [speech_bubble type=”std” subtype=”R1″ icon=”hiraga.jpg” name=”平賀のぱいせん”]業界とかコミュニケーションなんたら的なことで言えば「NO」は見てほしいし、異文化的なもので言えば「聖者たちの食卓」を推したいです[/speech_bubble] [speech_bubble type=”std” subtype=”L1″ icon=”my.png” name=”おれ”]なるほどっすね[/speech_bubble] とTwitterでツイートしてみたところ、友人からおすすめされたのがNOと聖者達の食卓という映画でした。DVDで面白い映画はないかというつもりで聞いたんですけど、ちょうど上映されている映画だったので 「 どれどれ… 」 と都内で上映されている映画館はどこか調べていたら、ちょうど二つとも上映されていたのが渋谷にあるミニシアター” UPLINK ”でした。結局違う映画を見たんですけどね。笑 で、結局観たというのが「Tom at the …

おしゃれすぎる!仏生山温泉

私が仏生山温泉を最初に訪れたのは、2013年2回目の開催となった瀬戸内国際芸術祭の時です。瀬戸内国際芸術祭のパンフレットには、小さく掲載されている程度だったのであまり気にもかけずにいたのですが、たまたま高松市内で銭湯を探している時に、ネットで見つけ「なんだこのオシャレな温泉は!」ということで合間を見つけて行ってきたのです。 外観はとてもモダンな造りをしており、一見美術館かな?と思わせてくれます。中に入ってみると机や椅子を一つとってみても、とても精密で細部までの拘りを感じさせてくれてとても温泉施設とは思えないほどです。 高松市内の工芸品も 入り口付近には、香川高松市内での名産工芸品(職人が作ったような)が並んでいて、実際に買うことができます。 ヌーベル和三盆「ガイコツ」 http://www.mitsubai.com/tokyo/detail/tk016702.html 職人がつくる歯ブラシ【MISOKA】 http://yumeshokunin.jp/misoka.html 僕も「職人がつくる歯ブラシMISOKA」を買って今でも愛用しています。高松では他にもとてもユニークな工芸品と出会うことができるのも、この街の醍醐味です。   仏生山温泉のお土産の奥には、畳の座敷が広がっており、風呂あがりにはゴロゴロ寝転がることができます。(もちろん人が少ない時ですよ!) 夏場はとくに牛乳を飲んで畳に寝転がると畳のヒンヤリ感を感じることができて最高です。 風呂は室内と露店があり、特に露店はとても広いため、湯船で身体があつくなったら、外気でぼーっと過ごすのも最適な空間かもしれません。湯船はヒノキ、ヒバを使っているので木の匂いや、温泉でちょっとぬるっとした感じも個人的には好きでした。 成分はナトリウム炭酸水素塩・塩化物泉(療養泉)で旧温泉名での泉質は美人の湯といわれている重曹泉です。つるつるになるとのことです。 [table id=17 /]

バンコクのクラブ【Slim&Flix】に行く|タイ旅行

バンコクにしばらく滞在していた友人からここがおすすめされたので 先日バンコクに訪れた時に「Slim&Flix(スリム&フリックス)」というナイトクラブに行ってきた。

テスト(代替テキスト)
手作りお猪口のススメ

友人との交遊で最も多いのが飲み会だと思います。居酒屋で飲むのもよし、自宅で飲むのもよし。様々な楽しみ方、気軽さが場所や時間を選ばないこと、またお酒の場を借りてというのが支持される理由かと思います。 ただ「毎回居酒屋で飲むのも飽きた」とか「宅飲みも味気ないな」という方には、友人とお猪口(ぐい呑み)を作る事からはじめる飲み会がおすすめです。自作お猪口をつくる際のメリットは3つです。 みんなでモノを作る楽しみを共有することができる あくまでお猪口なので、お酒を飲むことが最終目標であること 日本酒にこだわることで、お酒そのものを嗜むことができる お猪口を買ってくる 当然ながらまずはお猪口を買うところから始まります。基本的な工程として、白く耐熱性が高い陶器に「落書きペン」で絵を書きオーブンで焼き定着させるという工程になります。なので、陶器はオーブンでの使用可能なものを選ぶ必要があります。自分の場合は、通販でお猪口を買ってきましたが、無印などで購入するのもアリです。 絵を描いて焼く 各々が絵を描き終えたら、あとはオーブンで焼く工程です。詳細な時間は落書きペンにも記載されていますが、おおよそ30分程度焼き込んだのちに、冷まして水洗いを行うと完成です。とっても簡単です。   作成後はみんなで食事をします。今回は日本酒も含めて日本橋の百貨店で買ってきました。豪華な食事を楽しみに作るというのもモノづくりのモチベーションになります。 ぜひ、みなさんもどうぞ